2017年10月29日日曜日

「秘境中国 謎の民 天頂に生きる~長江文明を築いた悲劇の民族」

 スーパープレミアム「秘境中国 謎の民 天頂に生きる~長江文明を築いた悲劇の民族」を見る。番組紹介によると「中国四川省の大涼山。山頂の秘境で、伝統の暮らしを続けてきた人々がいる。なぜ社会と隔絶された場所を選んだのか。謎をたどると、見えてきたのは中国の壮大な歴史だった」とある。さらに番組詳細を見ると「中国四川省、険しい山が連なる大涼山。その山頂の秘境で、涼山イ族の人々がシャーマンを中心とした不思議な暮らしを営んでいる。なぜこんな場所で暮らしているのか。最近の研究によって、人々は5千年前に、黄河文明と並ぶ長江文明を築いたある王国の末えいであることが分かってきた。その後、さまざまな苦難の歴史を経てここにたどり着いたのだという。イ族の伝統的な暮らしを見つめ、知られざる歴史の謎をひもとくミステリー紀行」とある。

 1986年、4000年前の三星堆が発見された。発見したのは大涼山に住むイ族の人たち。発見されたものは2.6mの実人像、1.3mの黄金仮面、高さ4mの神樹などである。三星堆からは高度な古代文明をもった人々が暮らしていたと判明する。これは世界の文明である黄河文明に次ぐ第5の文明の長江文明であった。

 三星堆の王国の名は古蜀国。この国の広さは3.5㎢で神殿の発掘によって100以上の黄金仮面も発見された。国王はシャーマン。だが、突然姿を消す。これがイ族!?この謎を解いていく。古蜀国の符号とイ族の経文から推理する。経文には3万文字が記されている。イ族に経文を読んでもらうと50点だけ符号と文字が一致した。これだけでは謎は解けない。

 なぜ大涼山「四季吉村」に住むイ族は肥沃な土地から奥地へと移り住んのか。『華陽国志』によると秦が古蜀国を討伐し南へと逃れたとある。その後も時の権力によって悉く追い打ちをかけられて南へと逃れる。その一部の民が大涼山にたどり着く。こうしてイ族は言語や文化を守った。

 1970年まではイ族の固い監視で村に入れなかった。そのイ族は蕎麦と羊で暮らしている。しかし、7,8年前からインターネットも通じるようになり、さらには天まで届くといわれる「天梯」という鉄の階段も作られた。イ族は助け合って暮らしている。弔いの儀式では死者の魂は「天にかえる」、「村を守る」、「戻るべき場所へかえる」とされる。戻るべき場所とは祖先のところ。それは古蜀国の馬牧河(ムンパク)。イ族は古蜀国の末裔とわかった。

 羊毛節が行われる。イ族の住む大涼山は楽山に近い。楽山は中国有数の観光地。イ族の子供たちも楽山に出て仕事をする。中国政府はイ族の住む大涼山を観光資源にしようとする。3万人が集う羊毛節。今では国を挙げてのお祭りとなった。

 まだまだ未開の地域が残る中国。ぜひとも行ってみたい。しかし3000mの高地に住むイ族。高山病になってダウンしそうで行かれない。それにしても興味ある番組だった。

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